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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2162号 判決 1972年9月05日

控訴人 阿部邦江

被控訴人 南部建材株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金百万円及びこれに対する昭和四拾五年六月弐拾八日から右支払済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴代理人において、控訴人が本件約束手形を取得した当時第一裏書の被裏書人欄には富士宮信用金庫なる名称の記載があつたが、控訴人において右記載を抹消したものであると述べ、被控訴代理人において右の事実を認めると述べたほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠関係<省略>

理由

一、被控訴人が訴外中田角一宛に、金額一〇〇万円、満期昭和四五年三月一五日、支払地、振出地とも平塚市、支払場所株式会社日本勧業銀行平塚支店、振出日昭和四四年一一月一日なる約束手形一通(以下「本件手形」という)を振出したこと、受取人中田角一が一旦被裏書人を訴外富士宮信用金庫として本件手形を同信用金庫に裏書したが、その後これが返還を受けたこと及び控訴人が本件手形を取得した後右第一裏書の被裏書人欄の富士宮信用金庫なる記載を抹消したことは当事者間に争いがない。

二、以上の争のない事実に、右第一裏書における被裏書人欄の抹消部分を除いて成立に争いのない甲第一号証、成立に争のない同第四ないし第六号証、原審証人石渡孝之の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果により成立を認める同第二、三号証、右本人尋問の結果により成立を認める同第六号証、右石渡証人及び原審証人伏見利昭の各証言、右控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外中田角一は砂利の運搬販売業を営む者であるところ、同人は被控訴人から本件手形を取得するや、一旦、被裏書人を富士宮信用金庫としてこれを同信用金庫に裏書譲渡したが、昭和四五年一月頃同信用金庫からこれが返還を受けたこと、中田は同月二三日頃、その取引先で石油類販売業を営む北海商事有限会社から本件手形の割引を受けたが、その際上記富士宮信用金庫に対する裏書の記載を抹消することなくそのまま本件手形を右会社代表者伏見利昭に交付したこと、しかるに伏見は同日中取引先である菱光石油株式会社から本件手形の割引を受けて本件手形を同会社の専務取締役である石渡孝之に交付し、石渡は同日中更に右菱光石油の取引先である大邦石油株式会社の専務取締役でかねてから懇意の間柄にある控訴人に依頼して控訴人から本件手形の再割引を受け、本件手形を控訴人に交付したこと、かようにして本件手形を取得した控訴人は、手形金の取立を依頼する趣旨で芝信用金庫桜町支店宛に本件手形に控訴人が銀行預金をする際に使用したことのある仮名中山進の名義で裏書をしてこれを同支店に交付したが、交付に先だつて前記中田角一のした裏書の記載のうち被裏書人欄の富士宮信用金庫とある部分を抹消したこと、しかして右支店は株式会社住友銀行都立大学駅前支店宛に、同支店は更に株式会社日本勧業銀行宛に、それぞれ取立委任裏書をして本件手形を交付し、同銀行において満期に支払呈示をしたが支払が拒絶されたので本件手形は順次返還されて再び控訴人の手中に戻り、控訴人がこれを所持するに至つたこと、およそ以上の事実を認めることができる。原審証人楠きみ子の証言中以上の認定に牴触する部分は、前記伏見及び石渡証人の各証言及び控訴人本人尋問の結果に対比してにわかに採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、右認定の事実によれば、控訴人が訴外菱光石油株式会社から本件手形の交付を受けてこれを取得した際、本件手形には受取人である中田角一のした富士宮信用金庫宛の記名式裏書がなされていたのであるから、本件手形は裏書の連続を欠くものであることが明かである。また、控訴人が本件手形取得後、右裏書の記載のうち被裏書人富士宮信用金庫の表示を抹消したことも右に認定したとおりであるが、記名式裏書の記載のうち被裏書人の表示が抹消されても、このことによつて記名式裏書が白地式裏書に変更されたのと同様の効果が生ずるものと解することは、無権利者による改竄の防止、裏書制度の信用維持の見地から適当とは言い難く、むしろ記名式裏書の記載のうち被裏書人の表示が抹消されたときは、その抹消が権限のある者によつてなされたかどうかの別を問うことなく、裏書全部の抹消がなされたものと解するのを相当とする。従つて、本件手形はいずれにしても裏書の連続を欠くものといわなければならないのであるが、他方、手形義務者が、当該手形が裏書の形式的連続を欠くとの一事からその義務を免れるべきいわれもまたないのであつて、手形所持人が正当に当該手形を取得したことを証明するときは、手形義務者に対し手形上の権利を行使することができるものといわなければならない。

これを本件について見るに、本件手形は、それぞれ割引を原因として、受取人中田角一から北海商事有限会社及び菱光石油株式会社を経て順次控訴人に譲渡され、控訴人は更に取立委任の趣旨でこれを他に譲渡したが、右委任が解除されて控訴人が再び本件手形の所持人となつたことは、さきに認定したところによつて明かであるから、控訴人は本件手形の正当な所持人として手形上の権利を有効に取得したものと解するのを妨げない。しかして控訴人が現に本件手形を所持することは、弁論の全趣旨によつて明かであるから、本件手形の振出人である被控訴人は他に特段の事情がないかぎり、控訴人に対し手形金の支払を拒むことができないものといわなければならない。

四、よつて進んで被控訴人主張の悪意の抗弁について判断する。原審証人楠きみ子の証言によれば、被控訴人が中田角一宛に本件手形を振出すに至つたのが、被控訴人と中田間に締結された砂利、砂等の売買契約に基づく代金の前渡金の支払のためであつたこと及び右売買契約がその後合意解除されたことが認められる。しかしながら、控訴人が本件手形を取得する際に右原因関係に関する事実について悪意であつたとの点については、右楠証人の証言を除いては、他にこれを肯認するに足りる証拠はなく、右楠証人の証言は、前掲石渡及び伏見証人の各証言並びに控訴人本人の供述に対比してにわかに採用し難い。されば被控訴人の悪意の抗弁はこれを採用することができない。

五、以上説明のとおりであるとすれば、控訴人に対し、本件手形金一〇〇万円及びそれに対する満期の後である昭和四五年六月二八日以降右完済に至るまでの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて、右と判断を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定によつてこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平賀健太 石田実 安達昌彦)

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